台北孔子廟(たいぺいこうしびょう)または台北市孔廟は、台北市大同区大龍街にある孔子廟。台南孔子廟と並ぶ台湾の代表的な孔子廟。
1875年から1907年まで存在した台北府文廟を前身として、1929年再建。2008年修復。
学業成就を祈る参拝者が多く、ギフトショップや体験型ミュージアムがある観光スポットにもなっている。
歴史
清朝統治時代の1875年(光緒元年)、前身である台北府文廟が、台北最初の孔子廟として建立された(台湾最初は台南孔子廟)。場所は現在と異なり、台北府城南門そば(文武街)にあった。
日本統治時代、台北府文廟は病院(台北衛戍病院)として転用され、孔子の位牌等は別所に保管された。1907年(明治40年)解体され、跡地は学校(台北第一女子学校と台北第一師範学校)となった。
1925年(大正14年)陳培根・黄賛鈞・辜顕栄・井村大吉らが再建団体を結成し、1929年(昭和4年)着工、1955年(民国44年)竣工した。
中華民国遷台後、台北が首都になると、中華民国の中核的な孔子廟となった。1950年には、蒋介石が「有教無類」の扁額を寄贈した。
1951年、民営から官民合営となり、1972年、大陸の文化大革命に対抗する中華文化復興運動のなかで、「台北市孔廟管理委員会」による官営となった。
2006年、清代台湾の教育家である陳維英が入祀された。
2008年、国民党の馬英九政権下で修復工事が行われた。馬英九は「道貫徳明」の扁額を寄贈した。
2011年、「六芸」がテーマのタッチパネルなどを使った体験型ミュージアムがオープンした。
釋奠
釋奠が毎年9月28日(孔子の誕生日、教師節、仲秋)に行われている。
1907年の解体から再建までは、跡地の学校や龍山寺・保安宮の敷地を借りて釋奠が行われた。再建から遷台までは、日本語による「読祝」や、戦中の湯島聖堂に倣った神道式の祭礼が行われた。
遷台後は、台北市長が「正献官」(主祭)を務め、総統代理が上香に参加するのが定例となっている。2008年の釋奠では、国民党の馬英九が歴代総統で初めて出席・上香した。
1970年前後の中華文化復興運動のなかで、祭礼様式が制定された。1975年に再建された沖縄の久米至聖廟は、台北孔子廟の祭礼様式の影響を受けている。
ギャラリー
周辺施設
- 圓山駅
- 大龍峒保安宮
- 大龍街夜市
関連項目
- 台湾の宗教
脚注
参考文献
- 石垣直「戦後沖縄における釈奠復興 : 『具志堅以徳収集文書』他にみる台北市孔廟からの影響」『南島文化』第43号、沖縄国際大学南島文化研究所、2020年。http://hdl.handle.net/2308/00003713。 CRID 1050290537412712320
- 小林和彦「台北孔子廟について : 台北孔子廟と日本との関連に於ての素描」『關西大學中國文學會紀要』第43号、關西大學中國文學會、2022年。https://doi.org/10.32286/00026443。 CRID 1390854882594932224
- 水口拓寿「台湾における「孔子廟と日本」の百二十年 : 統治者たちの視線をたどって」『宗教学論集』第37号、駒沢宗教学研究会、2018年。https://doi.org/10.34586/komarel.2018.37_29。 CRID 1520572358827393792



