パルラーダパルラダパラーダ(ロシア語:Палладаパルラーダまたはパラーダ)は、ロシア帝国海軍のヂアーナ級防護巡洋艦である。 旅順攻囲戦で日本海軍に鹵獲(戦利艦)され、二等巡洋艦「津軽」として再就役した。

概要

パルラーダはロシア太平洋艦隊の1艦として日露戦争に従軍するも、旅順攻囲戦で沈没(大破着底)。 旅順要塞陥落時に日本軍によって捕獲。浮揚修理後、大日本帝国海軍に編入され、軍艦「津軽」と命名。 制式な類別は二等巡洋艦。

「津軽」は日本海軍艦艇として活動。1922年(大正11年)4月1日附で敷設艦に類別変更。翌年5月27日、自沈処分。 ロシア海軍時代の艦名『パルラーダ』は、ローマ神話の知恵の女神パラスのロシア語読みである。日本海軍時代の『津軽』の艦名は、「津軽海峡」による。なお、明治天皇に奏聞した候補艦名に「函館」、「春駒」および「勿来」があった。この艦名は日本海軍および海上自衛隊の敷設艦に引き継がれた。

艦歴

パルラーダ

1899年8月26日、8月27日、または8月28日進水。1902年竣工

1902年11月13日に戦艦「レトヴィザン」、「ポベーダ」、巡洋艦「ジアーナ」、「ボガツイリ」とともにLibavaより極東へ向けて出発し、1903年5月4日に「パルラーダ」は「レトヴィザン」ともに旅順に到着した(または5月5日朝に旅順近くに碇泊)。

日露戦争

1904年2月9日未明、戦艦「ペトロパヴロフスク」以下「パルラーダ」も含むロシア艦艇が旅順港外に停泊していたところを日本の駆逐隊が襲撃し、「パルラーダ」は被雷した。魚雷は左舷の67mm砲と75mm砲の肋材の間に命中し、石炭庫内で爆発。火災が発生したが、浸水によって鎮火した。爆発で1名が、火傷と窒息で名が死亡した。「パルラーダ」に魚雷を命中させたのは「霞」と思われる。

巡洋艦「ノヴィーク」の修理が優先されたため、「パルラーダ」の入渠は2月22日になった。4月16日に「パルラーダ」は出渠した。

6月23日、戦艦「ツェサレーヴィチ」以下「パルラーダ」も含むロシア艦隊は出港したが、日本艦隊と遭遇すると引き返した。

7月27日、戦艦「レトヴィザン」などとともに大河湾で日本軍陣地を砲撃した。

8月10日、黄海海戦に参加。

8月、日本軍は砲台を設置して旅順に対する砲撃を開始する。10月23日までに「パルラーダ」は3度被弾し、10月25日、27日、28日には落下する砲弾で被害を受け、10月31日には再び被弾した。さらに11月1日から11月26日の間にも3発被弾し、11月28日には被弾で死者5名負傷者9名が出た。

12月5日に203高地の左右の頂上が日本軍に占領されると、そこに観測所を設置した日本軍の砲撃で港内のロシア艦艇は撃沈されていく。「パルラーダ」は12月7日に11インチ砲弾4発が命中。左舷の炭庫を砲弾が貫通してそこから浸水し、艦の大半が海中に没した。

津軽

1905年(明治38年)1月1日、旅順港開城により、同港を占領した日本軍により捕獲。 7月4日、日本海軍は本艦の浮揚作業に着手する。 8月12日、浮揚成功。 8月22日、日本海軍籍に編入。軍艦「津軽」となる。二等巡洋艦に類別。佐世保鎮守府籍。

1906年(明治39年)6月25日、津軽は海防艦鎮遠に曳航され、駆逐艦夕暮護衛下で旅順出発。6月29日、3隻(津軽、鎮遠、夕暮)は佐世保に到着。1908年(明治41年)、修理完了。

1911年(明治44年)以降、機関術訓練艦として使用される。1914年(大正3年)には第一次世界大戦に従軍。 1915年(大正4年)から1918年(大正7年)に大改修、同時に敷設艦に改造。1920年(大正9年)4月1日、日本海軍は3隻(阿蘇、津軽、勝力)を敷設艦に類別する。 1922年(大正11年)4月1日、艦籍を除籍。 各艦と共に艦艇類別等級表からも削除。本艦は雑役船となる。

1924年(大正13年)3月18日、横須賀鎮守府司令長官堀内三郎中将は、本艦の沈没処理を上申、受理される。廃船後の5月27日、猿島付近で津軽は自沈処分となった。

艦長

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。階級は就任時のもの。

津軽
  • 森義臣 大佐:1910年4月9日 - 6月25日
  • 臼井幹蔵 大佐:1910年6月25日 - 1910年9月28日
  • 田所広海 大佐:1910年9月28日 - 1911年5月23日
  • 千坂智次郎 大佐:1911年5月23日 - 1912年3月1日
  • 吉島重太郎 大佐:1912年3月1日 - 1913年4月1日
  • 南里団一 大佐:1913年11月5日 - 1914年8月18日
  • 佐野常羽 大佐:1914年12月1日 - 1916年4月4日
  • 伊集院俊 大佐:1916年4月4日 - 6月8日
  • 原口房太郎 大佐:1916年6月8日 - 12月1日
  • 四竈孝輔 大佐:1916年12月1日 - 1917年2月21日
  • 大見丙子郎 大佐:1917年2月21日 - 12月1日
  • 橋本虎六 大佐:1917年12月1日 - 1918年7月23日
  • (心得)迎邦一 中佐:1918年7月23日 - 12月1日
  • 迎邦一 大佐:1918年12月1日 - 1919年11月20日
  • 山崎正策 大佐:1919年12月1日 - 1920年7月26日
  • 三上良忠 大佐:1920年7月26日 - 1921年11月26日
  • (兼)吉富新八 大佐:1921年11月26日 -

同型艦

  • ジアーナ
  • アヴローラ

後日談

津軽撃沈から2年後の1926年に、海底に沈んだ破片類が操業の邪魔になると漁業組合が横須賀鎮守府に訴えたため鎮守府は津軽の艦体を横須賀市に払い下げている。 その後1932年に日本潜水協会が横須賀市に対して艦体引き上げのための有償払い下げを出願し、7月1日の市議会会議で潜水協会への津軽艦体の払い下げが決定する。だがこの議決を巡って横須賀市議9名が潜水協会からの贈収賄を受けており、翌月に横浜検事局が贈収賄の摘発を行った『津軽疑獄事件』が発生した。

脚注

参考文献

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』光人社、1993年。ISBN 4-7698-0386-9
  • 中川努「日本海軍特務艦船史」『世界の艦船 増刊第47集』海人社、1997年3月号増刊、第522集。
  • 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』朝雲新聞社、1969年。
  • 真鍋重忠『日露旅順海戦史』吉川弘文館、1985年、ISBN 4-642-07251-9
  • Anthony J. Watts, The Imperial Russian Navy, Arms and Armour Press, 1990, ISBN 0-85368-912-1
  • Aleksiey V. Skvorcov, Cruisers of the 1st Rank: Avrora Diana Pallada, Stratus, 2015, ISBN 978-83-63678-56-2
  • Stephen McLaughlin, "The Retvizan: An American Battleship for the Tsar", Warship 2000-2001, Conway Maritime Press, 2000, ISBN 0-85177-791-0, pp. 48-66
  • 『官報』
  • 国立国会図書館デジタルコレクション - 国立国会図書館
    • 伊藤痴遊『元帥東郷平八郎』郁文舎出版部、1934年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1232938。 
    • 海軍文庫『大日本帝国軍艦帖』共益商社書店、1894年10月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/845238。 
    • 海軍有終会編『幕末以降帝国軍艦写真と史実』海軍有終会、1935年11月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1466489。 
    • 海軍大臣官房『海軍制度沿革. 巻4(1939年印刷)』海軍大臣官房、1939年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1886711。 
    • 海軍大臣官房『海軍制度沿革. 巻8(1940年印刷)』海軍大臣官房、1940年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1886716。 
    • 海軍大臣官房『海軍制度沿革. 巻11(1940年印刷)』海軍大臣官房、1940年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1886713。 
    • 軍令部 編『明治三十七・八年海戦史.上巻』内閣印刷局朝陽会、1934年8月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452699。 
    • 軍令部 編『明治三十七・八年海戦史.下巻』内閣印刷局朝陽会、1934年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452726。 
    • 光村写真部『日露戦争旅順口要塞戦紀念帖』光村写真部、1905年8月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774534。 
    • 帝国水難救済会 編『帝国軍艦帖』帝国水難救済会出版部、1916年5月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/966621。 
    • 坪谷善四郎編『日露戦役海軍写真集. 第1輯』博文会、1905年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774272。 
    • 坪谷善四郎編『日露戦役海軍写真集. 第2輯』博文会、1905年10月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774273。 
    • 坪谷善四郎編『日露戦役海軍写真集. 第3輯』博文会、1905年11月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774274。 
    • 坪谷善四郎編『日露戦役海軍写真集. 第4輯』博文会、1906年7月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774275。 
    • 中島武『明治の海軍物語』三友社、1938年11月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720072。 
    • 中島武『大正の海軍物語』三友社、1938年11月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720075。 
    • 藤田定市編『戦袍余薫懐旧録.第2輯』財団有終會、1926年12月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1447099。 
    • 藤田定市編『戦袍余薫懐旧録.第3輯』財団有終會、1928年1月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1447108。 
    • 鳳秀太郎編『日露戰役話集 大戰餘響』博文館、1917年3月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954055。 
  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『日露役旅順附近海戦一覧表(明治37年)』。Ref.C14120009300。 
    • 『日露役(旅順附近黄海海戦)に於ける沈没艦船並戦死者一覧表(昭和10年6月7日旅順要港部港務部調製)』。Ref.C14120009400。 
    • 『日露役旅順陥落迄の両国艦船勢力並亡失表(明治37年)』。Ref.C14120009500。 
    • 『露国海軍太平洋第1、第2、艦隊艦船名』。Ref.C09050753800。 
    • 『第3号 旅順口港内沈没戦利軍艦破損箇所詳細図(明治38年10月19日旅順口海軍工作廠より海軍軍令部に送付せるものなり)/阿蘇、津軽、周防、肥前、丹後、相模』。Ref.C05110198300。 
    • 『第3編 戦利艦船の収容引揚及ひ回航/第1章 収容艦船の概要』。Ref.C05110196200。 
    • 『第3編 戦利艦船の収容引揚及ひ回航/第9章 津軽(元「パルヲーダ」)引揚及ひ回航』。Ref.C05110197400。 
    • 『明治38年 公文備考 巻10艦船1/進水、命名、艦船籍、類別、等級』。Ref.C06091630000。 
    • 『大正11年 達 完/4月(1)』。Ref.C12070080200。 
    • 『大正13年 公文備考 巻25 艦船/沖風、須磨、白雪、松風、野分、霰、津軽』。Ref.C08051100300。 
    • 『写真及活動写真(5)』。Ref.C08051078800。 

関連項目

  • 大日本帝国海軍艦艇一覧
  • 津軽 [II] (敷設艦)
  • つがる (敷設艦)

露1等巡洋艦パルラーダ・1902・日露 フルハル (プラモデル) ホビーサーチ ミリタリープラモ

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沙俄海軍巡洋艦——「帕拉達」級防護巡洋艦 每日頭條

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